研究テーマ1

植生分布と成立要因

 私の一番の興味は「その林がなぜそこにあるのか」です。その成因について、現在の環境との対応のみではなく、過去の環境変化、植生変遷の中でどのように成立したのかにも着目して考えていきたいと思います。

(1)地形・地質条件と植生分布

 山地・丘陵地では集水域ごとに尾根、谷の異なる立地環境がみられ、そのような地形条件に応じた植生分布がみられます。山地小流域をまるごと含む大面積の調査プロットを設置し(大滝沢試験地、水木沢試験地)、樹種の分布や動態プロセスを調査しています。地質は地形形成プロセスを規定し、それを通して植生分布にも影響を及ぼしています。周氷河作用や土石流などで形成された岩塊地には特異な植生がみられます。過去の火山噴火は今なお植生分布に影響を残しています。以上のような地形や地質が植生分布に及ぼす影響について調査しています。


(2)稜線をはさんで不均一な気象環境がもたらす植生分布

 日本の高山では一年を通して西風が卓越し、特に冬季には強風が吹き荒れます。風上側の斜面では風当たりが強いため、厳冬期でも雪が吹き払われてほとんど積もらず、植物は低温・強風にさらされます。一方風下側の斜面では、雪が吹きだまって膨大な積雪となり、植物は雪に埋もれて低温・強風から保護されますが、雪解けまでの長い期間活動休止を余儀なくされます。そのため、風上側では風衝草原などが、風下側では雪田草原などが成立し、稜線をはさんで非対称な植生分布は日本の自然景観を特徴づけるものです。

稜線をはさんで異なる植生分布の模式図(小泉・清水編(1992)を一部改変) 左:積雪の分布 右:群落の分布


(3)日本海―太平洋の積雪環境傾度がもたらす植生分布

冬季卓越風が日本海上で対馬暖流から水蒸気を供給され、日本列島の山岳にぶつかって降雪をもたらします。日本海側の山地では多量の積雪がみられ、世界一の豪雪地帯となっていますが、太平洋側の山地では水蒸気を落とした風が吹くので積雪が少なくなります。このような積雪環境傾度と対応するように日本海側と太平洋側との間で植生にちがいがみられます。とくに亜高山帯では針葉樹林の構成樹種のなかでのオオシラビソの優勢度合いが日本海側で高まります。また日本海側では針葉樹林が発達せず、低木群落や草原が広がる景観となっている(偽高山帯)ところもあります。その成因を明らかにするために、積雪環境との関係を検討し、地史的な観点からも検討したいと考えています。

太平洋側-日本海側の地理的環境傾度に沿った亜高山帯性針葉樹の優占度の変化 (模式図)(杉田,2002)

        八幡平はオオシラビソ林に被われる。   秋田駒ケ岳・笊森山ではオオシラビソ林は部分的にしかみられない

鳥海山(左)、飯豊山(右)にはオオシラビソが分布しない。偽高山帯の景観が広がる。


研究成果

  1. 杉田久志(2024)本州多雪地帯の亜高山帯針葉樹林 ─ 多雪環境下でのオオシラビソの苦闘.日本森林学会 編 「図説 日本の森林-森・人・生き物の多様なかかわり-」,28-29,朝倉書店,東京

  2. 杉田久志・花島宏奈・長谷川益夫(2024)オオシラビソの雪圧害回避戦略としての材質特性 ―曲げ性能と圧縮あて材形成―.富山県農林水産総合技術センター森林研究所研究報告 16: 18-28. pdf

  3. 杉田久志(2023)富山県西部飛騨高地、人形山周辺におけるオオシラビソの分布とサイズ構造.富山の生物 62: 70-76. pdf

  4. 杉田久志・大宮 徹(2022)富山県西部飛騨高地、金剛堂山におけるオオシラビソの分布.富山の生物 61: 56-63. pdf

  5. 杉田久志・中島春樹・石田 仁(2021)多雪山地立山松尾峠のオオシラビソ林における積雪下の地表面温度環境.富山県農林水産総合技術センター森林研究所研究報告 13: 16-26. pdf

  6. 杉田久志・長谷川幹夫(2021)富山市細入村唐堀山のブナ大径林の林分構造.富山の生物 60: 59-66.  pdf

  7. 杉田久志(2019)立山連峰の植生の特徴.とやまと自然 41(4)〔通算164号〕:1-8. pdf カラー版はこちら

  8. Aizawa M, Yoshimaru H, Takahashi M, Kawahara T, Sugita H, Saito H, Sabirov RN (2015) Genetic structure of Sakhalin spruce (Picea glehnii) in northern Japan and adjacent regions revealed by nuclear microsatellites and mitochondrial gene sequences. Journal of Plant Research 128: 91-102.    DOI: 10.1007/s10265-014-0682-7    Abstract

  9. Sakai T, Sugita H, Yone Y, Hiura T (2014) Instability on steep slopes mediates tree species co-existence in a warm-temperate mixed forest. Plant Ecology 215: 121-131.    DOI: 10.1007/s11258-013-0283-x    Abstract

  10. 小川泰浩・大丸裕武・村上 亘・岡田康彦・杉田久志・江坂文寿(2012)東栗駒山ドゾウ沢崩壊地周辺の崩壊発生1年後の崩壊堆積物における侵食と植生回復.森林総合研究所研究報告 11:77-84. pdf

  11. 杉田久志(2012)岩手山―植生分布に刻まれた火山活動の影響.小泉武栄編「図説日本の山 自然が素晴らしい山50選」,34-37,朝倉書店,東京.ISBN 978-4-254-16349-0 C3025

  12. 杉田久志・高橋健保・高橋良一(2007)岩手大学御明神演習林における主要樹種の分布図.岩手大学農学部演習林報告 38: 81-104. pdf

  13. Seki,T., Kajimoto,T., Sugita,H., Daimaru,H., Ikeda,S. and Okamoto,T. (2005) Mechanical damage on Abies mariesii trees buried below the snowpack. Arctic, Antarctic and Alpine Research 37:34-40.    DOI: 10.1657/1523-0430(2005)037[0034:MDOAMT]2.0.CO;2   pdf

  14. 大住克博・杉田久志・池田重人編(2005)「森の生態史 ―北上山地に森林景観の成り立ちを読む―」.古今書院,東京.ISBN 4-7722-1472-0

  15. 杉田久志(2005)亜高山帯針葉樹林の成立要因 ―早池峰山における樹種の分布とその立地―.大住克博・杉田久志・池田重人編「森の生態史 ―北上山地に森林景観の成り立ちを読む―」,20-35,古今書院,東京.

  16. 杉田久志(2004)早池峰山のアカエゾマツ南限隔離遺存集団.森林科学 42:77-81.  pdf

  17. 杉田久志(2004)栗駒山:偽高山帯の成立は過去の植生変遷の名残.朝日新聞社 花の百名山 22:28

  18. 杉田久志(2004)月山:山によってちがうオオシラビソ林の境遇.朝日新聞社 花の百名山 22:8

  19. 杉田久志(2004)浅草岳:深雪に生きる植物の苦闘.朝日新聞社 花の百名山 16:32

  20. 杉田久志(2004)守門岳:地形・風・雪がつくる非対称な植生分布.朝日新聞社 花の百名山 16:24

  21. 杉田久志・金子岳夫(2004)岩手県浄法寺町稲庭岳において1個体のみ生育しているオオシラビソについて.東北森林科学会誌 9:38-41. pdf

  22. 梶本卓也・大丸裕武・杉田久志編(2002)「雪山の生態学 東北の山と森から」.東海大学出版会,東京.ISBN 4-486-01574-6

  23. 杉田久志(2002)バラエティ豊かな植生景観.梶本卓也・大丸裕武・杉田久志編「雪山の生態学 東北の山と森から」, 27-39,東海大学出版会,東京. pdf

  24. 杉田久志(2002)亜高山帯林の背腹性とその成立機構.梶本卓也・大丸裕武・杉田久志編「雪山の生態学 東北の山と森から」, 74-88,東海大学出版会,東京.pdf

  25. 杉田久志(2002)偽高山帯の謎をさぐる -亜高山帯植生における背腹構造の成立史-.梶本卓也・大丸裕武・杉田久志編「雪山の生態学 東北の山と森から」, 170-191,東海大学出版会,東京.pdf

  26. 杉田久志・清水長正(2002)石鎚山 日本南西端の亜高山帯針葉樹林.清水長正編「百名山の自然学 西日本編」, 100-101,古今書院,東京.

  27. 杉田久志(2002)本州亜高山帯林の構成樹種の分布と積雪環境.雪氷フォーラム(日本雪氷学会関東・中部・西日本支部)7:9-17

  28. 杉田久志(2000)日本の亜高山帯針葉樹林の成りたち.プランタ 70:10-14. 研成社

  29. 杉田久志(2000)激動の時代を生き抜く -氷期と間氷期を乗り越えて、樹木たちの栄枯盛衰-.「東北の森 科学の散歩道」(森林総合研究所東北支所編),25-28,熊谷印刷,盛岡.

  30. 杉田久志(1996)樹木は氷河期をどう生き抜いたのか.「森の木の100不思議」,176-177,日本林業技術協会,東京.

  31. 杉田久志(1996) 御明神演習林の冷温帯林.全国大学演習林協議会編「森へ行こう -大学の森へのいざない」,122-123,丸善,東京.

  32. 杉田久志・下本晴夫・成松眞樹・伊佐治久道(1996)岩手大学御明神演習林大滝沢試験地北谷の樹木位置図.岩手大学農学部演習林報告 27:77-86. pdf

  33. 杉田久志・下本晴夫・成松眞樹(1995)岩手大学御明神演習林大滝沢試験地における樹種の空間的分布とサイズ構成.岩手大学農学部演習林報告 26:115-130. pdf

  34. Sugita, H., Subedi, M.N., Yonebayashi, C., Takayama, H., Minaki, M. (1994) Floristic composition and structures of forests in the Arun Valley, eastern Nepal. Ecological Review 23(1):17-42.

  35. Yonebayashi, C., Sugita, H., Subedi, M.N., Minaki,M. & Takayama, H. (1993) Relationships between modern pollen assemblages and vegetation in the Arun Valley, eastern Nepal. Ecological Review 22(4):185-196. 

  36. 下本晴夫・杉田久志(1993)山地小流域における森林の空間的分布構造に関する予察的研究.岩手大学農学部演習林報告 24:17-34. pdf

  37. Sugita, H. (1992) Ecological geography of the range of the Abies mariesii forest in northeast Honshu, Japan, with special reference to the physiographic conditions. Ecological Research 7:119-132.    Abstract

  38. 杉田久志(1992)深雪に生きる植物の苦闘 -浅草岳-.小泉武栄・清水長正編「山の自然学入門」,56-57,古今書院,東京.

  39. 杉田久志(1990)岩手大学御明神演習林の天然生林 I.優占種による林型の区分.岩手大学農学部演習林報告 21:33-54. pdf

  40. 杉田久志(1990)後氷期のオオシラビソ林の発達史―分布特性にもとづいて.植生史研究 6:31-37. pdf

  41. 杉田久志(1990)オオシラビソ林の分布と発達史 一針葉樹林帯欠如の成因一.遺伝 44(3):49-52. pdf

  42. 杉田久志(1988)多雪山地浅草岳における群落分布に関わる環境要因とその作用機構 一ブナの生育状態に着目して一 I.積雪深と群落分布の関係.日本生態学会誌 38:217-227. pdf

  43. 杉田久志(1987)亜高山帯針葉樹林の分布状態と積習深および亜高山帯域の広さとの関係一上越山地を中心とする地域について一.日本生態学会誌 37:175-181. pdf

  44. 中村俊彦・杉田久志・井上 浩(1979)自然教育園内の蘚苔類のフロラと生態.自然教育園報告 9:61-73. pdf

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